川口ダム自然エネルギーミュージアム

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トークイベント


トークイベント

徳島県企業局60周年記念・川口ダム自然エネルギーミュージアムオープン記念
「トークイベント」

企業局は、自然エネルギーをテーマとした「川口ダム自然エネルギーミュージアム」のオープンと企業局創立60周年を記念し、ミュージアムに展示されている「コミュニケーションロボット」と「デジタルアート」の第一人者として世界の人を魅了する出演者を迎え、自然を愛する心をはぐくむ「アート」と最先端技術がもたらす一歩先の「未来」について、「愛」をキーワードに語っていただく「トークイベント」を実施しました。

なお、トークイベントの様子は、youtube(徳島県チャンネル)で動画配信しています。
《徳島県チャンネル》

URL:https://youtu.be/WbZcgFQUB3M

日 時  平成28年7月30日(土)14:00~15:30
場 所  大塚ヴェガホール(定員280名)
テーマ  愛のあるアートの未来~人を動かす力とは~

出演者  石黒   浩(ロボット学者・大阪大学教授)
出演者  猪子  寿之(チームラボ代表)
モデレーター  内田 まほろ(日本科学未来館キュレーター)

■石黒教授トーク
■猪子代表トーク
■出演者のフリートーク
「大きさは芸術の大きな要素」
「アートと愛について」
「アートで人を動かす」
「二人に質問」

出演者プロフィール

【石黒 浩】ロボット学者/大阪大学教授(特別教授)
1963年生まれ。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎的な研究を行う。これまでに人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットや、それらの活動を支援し人間を見守るためのセンサネットワークを開発してきた。2013年より大阪大学特別教授。

【猪子 寿之】チームラボ代表
1977年、徳島市出身。2001年東京大学工学部計数工学科卒業と同時にチームラボ創業。チームラボは、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、絵師、数学者、建築家、ウェブデザイナー、グラフィックデザイナー、編集者など、デジタル社会の様々な分野のスペシャリストから構成されているウルトラテクノロジスト集団。アート・サイエンス・テクノロジー・クリエイティビティの境界を曖昧にしながら活動している。

【内田 まほろ】日本科学未来館 キュレーター
アート、テクノロジー、デザインの融合領域を専門として2001年より勤務。05~06年から文化庁在外研究員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)に勤務後、現職。
企画展キュレーションとして「時間旅行展」「恋愛物語展」「The 世界一展」「チームラボ展」など多数。シンボル展示「ジオ・コスモス」のプロデュースでは、ビョークやジェフミルズとのコラボレーション企画を手掛けるなど、大胆なアート&サイエンスのプロジェクトを推進する。慶應義塾大学大学院、政策メディア研究科修士。チューリッヒ芸術大学、舞台・展示空間学(セノグラフィー)修士。

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■石黒教授トーク
石黒:
私がアンドロイドを作っているのは、多くの人に知っていただいていると思いますが、どういう研究をしているのか、近い将来どうなるのかということ、今回ミュージアムでは私が立ち上げた会社で作っている小さいロボットを展示してもらっていますが、その様子などお見せしたいと思います。
<スクリーン「ロボットと未来社会」投影>
ロボットの研究者というのは、小さいころからロボットを作りたくてロボットの研究者になったと言われますが、ロボットが好きな人はだいたい人間が苦手で、そもそも人間そっくりなものを作りません。だから私以外のロボットの研究者は、人間そっくりなロボットを作ってきませんでした。だから私は、他の人と違ったことができている気がします。
私自身は人間とか自分とかが不思議な存在で、そうしたことを知りたいと思って、人を知るためのロボット研究をしているつもりです。だからうちの研究室は、認知科学者、脳科学者、哲学者らが半分くらいいます。ロボットを作って認知科学や哲学の議論をして、ロボット作りに活かしています。特にロボットというと皆さんご存知の産業用ロボット、それから自動運転の分野などが研究の中心でしたが、ロボットの技術を日常生活で使おうと思うと、人と係わる部分が重要になってくるので、Human Robot Interactionという、人と係わるロボットの研究分野を創り上げています。
そうしたところでは、ロボットだけ作っていてはだめで、人をよく理解した上で、人と係わるロボットはどう作ればいいかということを、人理解とロボットの研究と両方やっています。
これからのいろいろな製品はすべてそういう人理解を伴うような製品開発になっていきます。例えば自動車が次に必要なのは速く走れることではなくて、より人にとって安全で、例えば運転手の不注意で事故を起こさないという人の研究をして、より人が使いやすく人との親和性の高いものを作るというのがロボット、製品開発の流れになっています。今後は人を理解するとか、人を考えるということはよりすべての分野にわたって重要になってくると思います。
実際はアンドロイドを作るだけではなく、いろいろなロボットを作ったり、システムを作っていますが、アンドロイドは有名だし、アンドロイドを作ると必ずニュースに流れるので、ここでいくつか紹介したいと思います。
まず一つ目は、最近、よくニュースになっている夏目漱石のアンドロイドです。12月に出てきます。なぜこれを作るようになったかというと、文学研究というのは、作者がどういう人物であったかという人物像を研究する分野です。ところが今までの文学研究というのは、文学者がそれぞれに人物像を作り上げてきましたが、アンドロイドがあるとそこにすべての人物像を収斂させて、もうすこし統一された人物像を再現できるのではないかということです。また、漱石のお孫さん房之介さんは学習院大学の教授で、漫画の研究者であり、ロボットを作るのとよく似ている研究をしています。
そこで二人で是非新しいチャレンジをしようと。夏目漱石が蘇って、みんなに小説を教えたり、読んでくれたりすることは、子どもたちにとっては非常に有意義なことですし、文学研究においても新しいチャレンジになると思います。
二つ目は、みなさんよくご存じのマツコとマツコです。Huluという有料のチャンネルで見ることができ、ここではたくさんの実験をしています。例えば高校生や小学生の話し相手になるには、アンドロイドの方が話しやすいとか、心を開きやすいとか、逆にマツコさんもアンドロイドを使った方が人と落ち着いて話せるとか、そういった効果をいろいろな形で確かめています。
そのアンドロイドをもっと進化させているのが、このEricaさんというアンドロイドです。人工知能搭載型のアンドロイドで音声認識とか合成など日本で一番いい技術を組み合わせて京都大学と私のところで作っています。感情もあります。意図や要求をプログラムしており、<動画>これは半年前のビデオですが本当に感情的に楽しい話をしてくれます。10分くらい話せます。
<動画>これは昨日未来館で報道発表した新しいオルタで、中身がむき出しで、複雑さは東大の池上先生のニューラルネットワークとか非常に複雑な神経回路のプログラムを動作原理に使っており、音楽も制御しています。だからとても妙な感じがします。しゃべらないのですが、何か歌を歌っているような感じになりますし、機械むき出しですが、十分複雑で生きているような感じです。一週間は未来館で展示しながら毎日改良するということをやっているので、機会があればみてください。もしよかったらチームラボと一緒に使えれば面白いかなと思います。雰囲気はすごく面白いです。ビデオだと十分雰囲気がわかりにくいかもしれませんが、もう少し暗い中で影がはっきり映っていてスタジオの独特の雰囲気の中で見ると、こういう生命観、人間らしさがあるのかということを直に感じられます。
このようなロボットをいろいろ研究しているわけですけれども、ロボットの研究というのは近い将来にロボット社会を作るだろうと、そのロボット社会というのはもちろんアンドロイドだけじゃなくてもっと簡単なロボットも含めて人との対話をとおしていろんなサービスを提供するということです。なぜそのような社会が来るのかというと人が人を認識する脳を持っていて、人にとって最も関わりやすいのは人で、だから技術が進歩すれば必ずいろんなものが人らしくなるんだと、と思っています。
そういった社会を作るために今までいろんな技術が必要だったのですが、HONDAのASIMOのようなロボットが作れ、それからAIの技術が進歩して、音声認識とか画像認識が、人間と同じ認識ではない非常に表面的な認識ですが、ある程度可能になってきて、今回ミュージアムに展示させてもらったような小さいロボットが家庭の中に入ってくる可能性が出てきたということです。
<動画>これは3年から5年くらいで家庭の中でこれくらいのサービスができるロボットができるようになるだろうと思って作ったビデオですが、技術的にはほぼできるところまで来ています。
英語の勉強をするとか子どもの写真を撮るとかいろんな使い方ができるかと思います。非常にいろんな分野で幅広く使えるはずだと思っていますし、タブレットとかスマホとかではできないいろいろなことができるはずです。そもそも人間というのは人間らしいものの方が関わりやすいものです。
<動画>その一つの応用として今回、ミュージアムにこのSOTAが設置されていますが、この音声認識はNTTの技術等も入っていてかなり安定した音声認識が出来るようになっていますが、こうしたものがどんどん家庭の中にも入っていくと本当の意味でのロボット社会がやってくるのではないかと。実際に導入されたのは徳島が初めてなので、もしこのSOTAが日本や世界中で普及すれば徳島が最初になるかと思います。
ちょっと長くなりましたが、10分経ったので、以上で私の話は終わります。

内田:
ありがとうございます。石黒先生はロボット学者という肩書ですが学生の頃美術が好きだったという話をしてもらえますか?今日アートがテーマなので。ロボットは私もアートだと思っていて、今日は先生がロボットの話をされるときはアート作品の話をされていると思いながら聞いてもらえるといいかなと思います。

石黒:
さっきのオルタなんかはまさにアートっぽいです。だから物事の原理を追求していけば技術もアートも区別はないわけです。そもそも私自身は絵描きになりたかったのですが、絵描きで食べていくには十分に才能が無いというのであきらめて、たまたまコンピュータを勉強していたのでコンピュータで生きて行こうとしたと。でもコンピュータを深く勉強すると人工知能に深く関わるということが分かって、さらに人工知能というのは体が必要だと、それでロボットに入ってきたわけですが、ロボットまでやってみると結局人間らしさとか人間とは何かということをキャンパスに表現するのか、機械の上に表現しているのか同じことをやっていると思います。
だから今でも半分アーティストのつもりですし、最先端の技術というか本当に新しいことをしようと思うとそこに方法論はないし教科書には書いていません。芸術家と同じようにすごく発見的なプロセスというか発見的な方法が必要になると、最先端の技術というのはアーティストとしての才能がないと切り開けないと思っています。
是非、皆さんSOTAを見に行ってくださいね。よろしくお願いします。

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■猪子代表トーク
猪子:
こんにちは。チームラボの猪子と申します。徳島出身です。
一週間くらい前からお台場の夢大陸というところでDMMさんとDMM.プラネッツ Art by teamLabというのを作りまして、8月31日まで開催しています。
<動画>これはすごい巨大な3,300㎡くらいの建物で主に三作品を展示しています。一個一個の作品が非常に大きくて、一つは徳島でもやらせてもらった「Crystal Universe」という作品がありますが、それの非常に巨大な本当に巨大な、巨大すぎて「Wander through the Crystal Universe」というタイトルにしています。迷路みたいになっているので、実際迷ってしまうような空間です。
<動画>次に、これは巨大なプールを作って、実際にプールの中に入って行ける作品「人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity」。それで人が、人の場所とか動きに合わせて魚が動き、じっとしていると周りを泳いでくれたり近づいたりし、人にぶつかると、魚が花に変わり、最終的に線を引いていきます。
<動画>次に、巨大なドーム空間の中で浮遊していくような感覚になる作品「Floating in the Falling Universe of Flowers」は、基本みんな寝そべって見てもらう形で、この空間で花が舞います。ドームなので目の錯覚を利用して本当に立体の花が空間に浮いて落ちてきたり、もしくは自分を通り越して浮いたりするような感覚になるような作品です。これも本当に非常に巨大な作品で20分くらい見ていると、だんだん自分の体がちょっと回転し始めて、実際はもちろん回転してないのですが、自分の体が回転しているかのような自転しているかのような感覚になるという作品です。
基本的にこの3つとも、アートというと今まで絵画とか彫刻とか自分と対峙して自分との境界が明確にありましたが、基本的にはアートの中に身体ごと投入するかのような、アートと自分との境界線がないような体験をしてもらいたいなと思っていて、もっというと、アートと自分との境界線もなければ、他者と自分との境界線もなければ、自分と世界との境界線もないかのような体験をしてもらいたくて、この空間とかにいると自分と世界が境界が無くなっていたり、隣で寝ている人の境界が少しなくなるような体感です。
水の中もそうですが、アートの塊みたいなものに自分の体ごと突入するし、自分と隣の人の周りを線が描かれて包まれたりすると、まるで他者との境界が無いかのようなそういう感覚になったり、「Wander through the Crystal Universe」もそうです。全体で迷路みたいになっているので、多くの人は道を失ってしまうのですが、彷徨いながら、道を失い、最終的に自分も失ってもらうみたいなコンセプトで作りました。
<スクリーン静止画>エントランスには「やわらかいブラックホール – あなたの身体は空間であり、空間は他者の身体である」。これはちょっと動画が無いんですけれども、普通には歩けないような、普通に歩くとこけてしまうようなすごい柔らかく、足を踏み入れるとずーと沈み込んでしまうような場所を作ったり、入り口で裸足になってもらい、裸足になって水辺を通ったり、こういうこけざるを得ないような場所を通ってから3作品に入って行くようになっています。
なぜこういうものをエントランスに置いたかというと、普段都市にいると平面なので、そんなに身体を意識しなくても生きているし、山の森で生活している人だと別ですけど、普通にいると近代都市は平面なので身体を忘れがちだし、特に今だとスマートフォンだとか、テレビだとか、どうしても自分は脳で判断して脳で認識して頭で理解することがすべてみたいになっているので、そうではなくて、身体の塊であるということを意識せざるを得ない状況にしてから身体ごとアートの中に入っていくっていうような体験を作りたくてこのようなエントランスにしています。
東京で8月末までしているので、なかなか日本ではもうこういうことはできないので、是非見に来ていただければなと思います。
<スクリーン静止画>それ以外にも2月からシリコンバレーで大きな展覧会をしていて、それも巨大な建物をニューヨークのPace Galleryとシリコンバレーの人たちが建ててくれて、これが人なので、すごい大きいのですが、去年開催した未来館での展覧会をよりヴァージョンアップしたような、手前側がアートの展覧会で後ろ側が当時「学ぶ!未来の遊園地」と日本では呼んでいる「Future Park」をやっています。
これも2月から7月までだったのですがすごい人が来てくれて、シリコンバレーで初めてアートの展覧会が成功したので、アメリカでもすごいニュースになっていて、7月1日までだったのが12月18日まで延びて、本当にシリコンバレーのほぼ全員が来てくれたんじゃないかと言われていて、いろいろな人が来てくれています。ここでしかない作品が2作品ありますが、
<動画>1作品だけ、「Crystal Universe」とよく似たものですが、光のキューブを作って、LEDでキューブを作って、中まで埋めていて、炎の彫刻の作品「Light Sculpture of Flames」を作っています。
あとは3月からシンガポールのマリーナベイ・サンズという船のプールで非常に有名な場所にあるArtScience Museumに大きな1,600㎡くらいの常設が出来ました。シンガポールはすごいチームラボのことを良くしてくれて、オープニングの時は全新聞が一面になるというワールドカップ状態になって。全紙がアートの常設を一面で扱うというのは日本では考えにくいことです。
昨日発表されたニュースではArtScience Museum自体も、去年より83%入場者数が増えていて、チームラボ効果だみたいな大きな記事になっていました。
来週はソウルにも、1,700㎡くらいの常設が来週(2016年8月5日)から出来ます。
<静止画>日本では佐賀県の武雄の御船山楽園で大きな古池を使ったアートイベントを9月中しています。8月下旬からは京都の下鴨神社で下鴨神社全体を一個のアートにしたような、森自体が世界遺産で、その森をそのままアート空間にしたようなイベントをしていますので京都だと近いので是非来てください。

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■フリートーク
「大きさは芸術の大きな要素」
「アートと愛について」
「アートで人を動かす」
「二人に質問」

内田:
石黒先生、最近のチームラボの作品はどうですか?

石黒:
いや、デカくなってきてますよね。

内田:
そうなんですよね。

猪子:
とにかくデカい。「DMMプラネッツArt by teamLab」は3,300㎡だし、この武雄の池も2,000㎡くらいです。池がデカいんですよね。とにかく。

石黒:
デカいと迫力あるしその世界に入りやすいというのはよくわかる

内田:
どんどんデカくなってるじゃないですか、今まで経験無いぐらい大きくなったことで、人と自分の境が無くなったり、アートの境が無くなったりとか、効果はかなり違いますか?
あと周りの評価、盛り上がり方とか、私もちょっと抑えられないくらい楽しかったんですよ。

猪子:
そうでしょう。そうなんです。この池も2,000㎡くらいで、下鴨神社の森まるごといくんで何㎡かちょっとわかんないです。

石黒:
僕も下鴨の隣に住んでたんで広さはよくわかる。でかいな。でもデカいともう追いつけない感じが出てくるよね。

猪子:
どういう意味ですか?

石黒:
他が真似できないじゃないですか。だから小さいやつはね、ちょっと真似しようと思えるんだけど、デカいやつは真似できない、要するにお金の面でもなんでもそう簡単にはできないので、圧倒的な感じが、チームラボしかできない領域が出来てるかもしれない。
そうなると、だから誰も追いつけないですよね。だから迫力あるのはよくわかるんですよね。僕らもそういう空間が欲しい、こういう建物も全部そうですよね。そういう空間に入ったらテンションが上がるっていうことなんだろうと思うんですけど。

内田:
アートの話で、二人とも作品創っていて、徳島のミュージアムに作品を提供していますが、こういう作品を作るのでも、技術的に高いロボットをつくるのでも、そもそも、誰のためにアートを作ってるんですか?

石黒:
僕はもう自分の為ですよね。

内田:
自分のため? 猪子さんは?

猪子:
人類のため

内田:
人類の為だったんですね!

石黒:
そこが違うんでしょうね。僕はだって研究者というか自分とか人間が不思議だから自分でやってるわけでだからあんまり大きなスケールに行かないかもしれないわけですよね。
例えばロボットの世界でもスケールのめっちゃ大きなやつがあってとにかく馬鹿でかい操り人形を動かすだけで世界的に有名になってるやつあるじゃないですか。だからそこには行けないような気がするんですよ。でもさっきからちょっと違うのかなと思ってたら大きくするだけでありとあらゆるものが芸術としての評価が高くなるというのはどういうことなんだろうとか、デカけりゃいいのかと思っちゃう。

猪子:
「デカきゃ」いいんですよ。

石黒:
「デカきゃ」いい感じがする。

猪子:
うん。「デカさ」と「繰り返し」です。

石黒:
だって建物なんて「デカきゃ」いいに決まっているわけで、ピラミッドってあんな単純な構造なのにデカいから世界遺産でしょ。

猪子:
僕だって砂浜でちっちゃいの作ってましたもん。

石黒:
でもちっちゃいからダメでしょ。

猪子:
うん、そうそう。

石黒:
だからエジプトのピラミッドくらいデカくすりゃよかったんですよ。だからデカけりゃいいのかっていうのは

猪子:
あと、その、どっちかっていうと自分は、その先生は自分を投影する対象というか、ある種自分を観察する対象とする自分を作っているわけじゃないですか。
僕は自分の肉体が入るものとして作っているので、そうすると自分の肉体と他者の肉体が入る場所としてアートを作っているので。

石黒:
大きくすること自体が人間の能力のすごい拡張なので技術的にすごいってだけじゃなくて大きさがすごいってことは間接的に技術的にすごいっていうか、人間を超えてるところがあって、大きさはやっぱり芸術の大きな要素という気がする。
小さいと人を取り込むとか人との関係性を持つのにすごくなんか難しいことやらないといけないんだけれど、デカければ一気に呑み込めるのでそういうのが同じ、結局同じ効果があるかな。だからピラミッドデカいだけだもの。

猪子:
先生、間接的にチームラボ、デカいだけじゃんみたいな、

石黒:
いやいやチームラボはちゃんと制御が入っているので、たぶん僕はあの光の奴は見てみたいんだけどね。でもあれ小っちゃくしてもしょうがないでしょ。

猪子:
そうなんですよ。

石黒:
あれ、LED2個ですごいと思われろって、ねえ、だから200万個か300万個かそれぐらいあるからいいわけでしょ。LEDが2個ですごいだろうって、

猪子:
まず解像度が2ドットになっちゃう

石黒:
でもデカいっていうのは大事だな、取り込むっていうことは暴力的なんですよね。僕ね芸術っていうのは人と人をつなぐ技術だと思ってたんです。
だけど小っちゃいと繋ぐのに結構なんかいろいろ苦労するんだけれど、デカいと丸ごと呑み込んじゃうし、人と人をふたり呑み込んじゃえば終わりじゃないですか、だからさっきほら、芸術と自分の区別が無くなるというのは、自分に対して反応してくれるものが環境にあるからその区別が薄らいで境界がなくなっていくわけでしょ。

猪子:
今回、自分の存在や他者の存在で変化するから境界がなくなるというアプローチをとっていたんですけど、今回はインタラクションすらどうでも良くなってきて、アートというものがあるとして、その中に入っちゃって本当にもう道失うくらいなんです、あの「Wander through the Crystal Universe」だと、だからだんだん道失って自分がどこにいるか、どんだけ歩いてもどこにいるかわからない。

石黒:
何となくわかる。その世界が支配しちゃっているので、自分が今まで経験してきた物理世界の法則なんてどうでも良くなって、そこに身をゆだねるしかないみたいな。

猪子:
そうです。なんかそんな感覚。なかなか彫刻で中入るとか絵画で中入るとか、 Installationは空間かも知れないけれども、もうちょっとガワ、空間、Installationだと外側ていうか、中はやっぱり空間、空ですよね。そうじゃくて、空間がそのままアートの塊なのでその中に突入して歩いてって見失っていく。

石黒:
あの、僕の最近の研究で人ってストーリーを持たない、対話する時にタッチパネル対話ってあって一切二人はしゃべらないんだけれども、コンピュータの画面に次しゃべっていいことが文字で出てきてそれを触るとコンピュータがそれをしゃべってくれる。次にそっち側の番になるとそれに対する答えがいくつか出てきてしゃべる、でボタンを押すだけで十分対話が出来てる感じになるんですよ。
これが多分似たような感じで、ストーリーは自分で生みだしてないんです。若干の選択だけがあるんです。さっきの空間でもあっち行こうかこっち行こうかくらいの話で若干の選択だけがあって、あとは、情報がその選択に応じてダーッと流れ込んで来たら、それをすべて自分のものとして取り込むというのがあって、今日そっちの話をした方が相性が良かったかもしれないんだけど、
でも言いたいのは、アートの中に入る、人間ってそもそも自己というか自我を自分でちゃんとつくりだしてなくて周りから適当に流れ込んでくる情報を選択した気分になって自分をつくりだしているので、アートに覆われちゃうと若干の選択だけでその中の一員になったような気分になるんじゃないかと、そんな気がする

猪子:
いや、そう、で自我みたいな概念とか、無いような気持にさせたいみたいなのがあるしね。肉体の塊であり他者とか自我とかないみたいな。

石黒:
そのためには、圧倒的な世界観を創って足元から天井までね。一切日常の物理世界が見えたらダメって感じになるんですね。

猪子:
あとなんか、ちょっと道を失うとそういう感覚になりやすいんじゃないかな。

石黒:
最初は選択してる気分があるんだけれども、途中で道失ってしまうと、一体選択してるのかしてないのかわかんなくなっちゃう

猪子:
選択してるのに、それが答えなのか答えじゃないのか最早わからないから選択する意味すらもなくしたいみたいな

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「アートと愛について」

内田:
いいお話なんで、ずっと続けてもらっていいんですけど、今日のテーマは愛でもあります。先生は今日、愛について考えてくださったっていうことですが。

石黒:
僕は猪子さんの作ったやつが「愛」っぽいなと思ってて、今までの物理世界って性と愛があまり区別できなくって、身体の問題と精神的な愛がごっちゃになってるような、いつもどこか体に縛られてそれを切り離せなかったのが従来の世界観のような気がして、ネットの世界とかメディアアートの世界になってくるともっと自由に世界を作り替えられるので、肉体の制約を忘れて割と純粋に人とつながりたいとか何かと一体になりたいという世界が作れるんじゃないかな、
さっきの光の奴って、他の奴もそうかもしれないんだけれど、そういう意味では身体の基本的な欲望、肉体的な問題と精神的な問題をうまく切り離して、精神的なところで人とつながれる空間になってるんじゃないかと、純粋に情報だけでつながるような世界観の中でもう一回身体性が作り直される、だって環境の中に溶けだしちゃうわけだから、自分って何かっていうことをもう一回そこで探さないといけないし、もうひとり人が出てきたときには日常生活ではない関係が出てくるでしょ、要するにあの空間から外に出て日常生活に戻れば、ああ女の人は女の人の姿かたちをして、男は姿かたちして、触ればどうなるっていう、いわば性的な問題と愛を切り離して考えられなくなるけど、
一旦メディアアートの世界に入ってしまうと身体は世界に溶けだして自分の身体さえよく分からなくなる、でも相手が出てくると、新しい身体性がうにょうにょと関係性を持つような身体性がそこで出てきて、そういうのって表現できると感じられるといいなと思いました。
僕はだからネットの社会とかメディアアートの世界で身体性が、肉体的身体性を解き放って、もっと精神的な純粋愛みたいなそういったものが新たな身体性を定義して人間関係を創るといいなっていうぼんやりした期待があるんで。二人であの部屋に入るとどうなるんですか?

猪子:
いやー、あぶない感じっすよねー。

石黒:
溶け合うのね

内田:
いっぱいカップル誕生すると思います、あれ。

猪子:
結構溶け合う感じですよね、なんか、

内田:
今、石黒先生のおっしゃったことを、結構体現してるんじゃないかなと思います。

猪子:
今先生のおっしゃったことをあとで貰おうと思って、まるでそう考えていたことのように言いたい。でも何となく、作りながら言葉にはなってないんだけど、ていうことだと思う。

石黒:
肉体的な満足感が、愛にとって重要かなと思っていたけど、こういう世界に入ったつながりっていうのは、その肉体的な満足感に匹敵するかどうかわからないけど、かなりそれに近い満足感を精神レベルで与えてくれそうな気がしますよね。

猪子:
3,40分くらいいると自分の身体が回転し始めるじゃないですか、あのときふと横の人を見ると横の人も一緒に回転しているんですよ、

内田:
そういえば、となりに知らない人が横になっちゃって少し嫌だなと思いましたよ。逆に

猪子:
危ないでしょ

内田:
危ないのでいうと、ロボットも危ないですよね。テレノイドとか。

石黒:
ハグビーみたいなもんかもしれない。ここで、ハグビーやるといいかもしれない。

内田:
どんどん危なくするプロジェクトを二者で。自己が崩壊していくプロジェクトを。どうぞ。

猪子:
自分が回転し始める。自分はじっとしているんですけど、物理的には。精神的には、自分の肉体が回転しているかのような錯覚に、だんだん、結構すぐなれるんですけど。

石黒:
だから二人の世界ができちゃうんだ。世界が自分たちのために。

猪子:
つながっちゃってて、まったく同じ動きしてるんで、あれ、一緒なのかなあ。

石黒:
人が好きになるっていうときには、周りが見えなくなって、自分たちの世界観だけになるっていうのと同じですよね。そういうのが実際ビジュアルに再現されている感じがする。
実験したいですよね。何人カップルできるか。

猪子:
いやすぐ好きになると思いますよ、これ。

石黒:
世界をぐるぐる回すって大事。

猪子:
実際は大きな空間に、1千万本くらい花が咲いたり散ったりしてるんですけど、視点が自転しながら移動しているんですけど、

石黒:
これは、ヘッドマウントでもできるの?

猪子:
ヘッドマウントできるんだけど、より回転すると思うんですけど、なんか、好みの問題ですけど、僕はなんか身体にかぶったりするのがあまり好きじゃない。

石黒:
ヘッドマウントできると、誰でも家でできちゃうので。これつくるの大変でしょ。プラネタリウムを買い取って、全部これに変えていけばいい。みんなこれに変えていけばいい。

猪子:
徳島県にもプラネタリウムがあって、知事が1ヶ月くらい、去年か一昨年くらいにしてくれたんですけど。これの初期バージョンみたいなものでした。

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「アートで人を動かす」

内田:
では、ちょっと話題変えていいですか。
いまちょうど、プラネタリウムの話もでたんですが、
アートって、街づくりとか、人を巻き込むエンジンになっていますよね。
先生の研究もいろんな企業が動いたりとか、猪子さんも徳島でいろんなプロジェクトをやっています。アート作品が、地方を活気づけるエンジンみたいになっていると思いますが、そこに関わる、戦略というか、狙いとか、役割みたいなものはありますか。

猪子:
究極的には、街を丸ごとアートでラッピングしたいという想いがあって、究極的には、街を丸ごと作ってみたいというのはあるんですよね。

内田:
アートの街、街がアートになっちゃってる。巨大な作品がどんどん巨大になって街になるみたいな感じですか。

猪子:
現状の街をアートでラッピングするような、
<動画>
シンガポールでやっていた「What a Loving, and Beautiful World – ArtScience Museum」は、都市の中心部どっからでもみえる。自分の携帯で書を選んで投げると。京都の下鴨神社とかも下鴨神社全体ですけど、もっと拡大して、街全体をアート空間にして、都市って、自分や他者の存在であまり変化しないかのように感じてしまうので、どうしても他者が邪魔に感じるんだけれども、自分とは全然関係ない子どもが目の前を走るということは、普通の都市ではむかつくことなのかもしれないけども、目の前を走ることで、そこが花が散って美しくなると、目の前を走る子どもは、すごくポジティブな存在に変わるんじゃないかな。
よく話すんだけど、モナ・リザの前だと、ぎゅうぎゅう詰めの他者というのは、すごく邪魔な存在で、なぜ邪魔かというと、モナ・リザが他者によって変化しないことを、もちろんだけど知っているから、他者によって変化しないから他者が邪魔なんですよね。うちの展覧会だと、花で囲まれている空間だと、子どもが走ると、すごい散るし、大げさな言い方だと、走ってくれてありがとうみたいな、他者の存在によって、何か変化して、変化が美しければ、他者の存在は、ポジティブになると思っていて。近年の都市っていうのは、モナ・リザと一緒で、自分や他者によって変化しないので、変化しないからこそ、自分とは境界線がある存在になってしまっていて、それが、もし、デジタルアートでラッピングされれば、自分の存在が他者の存在で変化して、それが美しければ、もう少し都市の人々の関係性が変わるんじゃないかと思ってるんですよね。

内田:
徳島にもそういうプロジェクトがどんどん増えてくるのでしょうか?

猪子:
増えたらいいなと思っていて、その今年の12月は、徳島市の中心部をアートにしようと思っていて、徳島って市内にすごい川があって、市の中心部が城山って言って、原生林の森なんですね。そういう川と森が市の中心部にあるっていうのはめずらしいので、一つは、川を丸ごとアートにしようとしていて、もう一つは、森をそのままアートにしようとしているんですね。

内田:
それで、街が変わった事例みたいになっていくと面白いですね。
石黒先生は、アートというか、街というか、人類の仕組みをロボットで変えようとしているのかなと思うんですが、どうですか。

石黒:
今日も、猪子ちゃんがうらやましくてでかいことやりたくなってきちゃって、最近ね、ロボットで、大量ロボットってやっているんだけど、コミューとか小さいので。ロボットってすごいお金がかかるので、例えば、アンドロイド10体の中に、自分が一人いたら、絶対にアンドロイドのいうことを聞かざるを得ない、アンドロイドマジョリティ、とか、ロボットマジョリティの世界を作りたいってなるんですよ。いろんなものがどんどん知的になっていて、炊飯器とか色んなものが勝手にしゃべってるし、自動販売機もしゃべってるし、気がついたら僕らは、機械マジョリティとか、ロボットマジョリティの世界に住んでるかもしれないと。だからそういう世界で何が起こるのか、何をどうデザインするのかっていうのをやりたいなとは、思いつつも、やっぱり、大学にいると、そこまでは踏み込めない。どっかと一緒にやらないとなかなか難しいとは思うんですけど。でも、ロボットがたくさんいるっていうのは迫力があって、さっきのアートと同じで、一人のロボットよりも大量のロボットが世界のデザインを変えるだけで、今は、ロボットはいらないとかいってる世界が全体にデザインされちゃうと、スマホだってそうだと思うんけど、全員が使うことで私も使わないとだめっていう。世界が変わるのと、技術が受け入れられて、ロボットみたいなのが受け入れられるのは同時なので、巨大アートは世界を変えるインフラ的なアプローチで、僕らは小さい個々との関係から行こうとしているので、やっぱりどっかでつながないとだめなのかなという感じは強くしました。

猪子:
自動運転みたいなものも、例えば、サンフランシスコ周辺で車が9割が自動運転になって、自動ネットワークにつながれてる瞬間、1割の自分で運転しているやつが違法にした方が得するみたいな感じになりますよね。交通って概念が変わりますもんね。

石黒:
そもそも人間ってそんなに自己ってはっきりしていないんですよ。環境からいろんな情報を適当に取り込んで、自己があるわけで、ぼくらがしゃべっている言葉もそうだけど、いろんな人から話をきいて、適当につなぎ合わせているだけで、まだ、僕らはやっていることからすると本を書いたり研究したりするので、他の人よりは多少クリエイティブティは高いかもしれないけど、一般に人間って自己なんてあんまりはっきりしているもんじゃなくって環境から流れ込んでくる情報をつなぎ合わせたものなので、環境を変えてしまったら自己は全部変わるんですね。それが正に例えばスマホとか、クレジットカードとか使わないって言っていた人が何の意識もなく、今普通に使っていると言うことは、猪子ワールドを作っちゃえば、全員コントロールできるよ。そのときに、愛ある世界がいいね。人間愛に飢えてますからね。多くの人はね、たぶん。無理矢理まとめようとしているね。

二人に質問
内田:
二人には、愛のある、インフラでもソフトでも、世界を変えるのをどんどんやってもらいたいんですが、二人につづく、若い学生さんたちがいらっしゃいます。直接お話を聞ける機会もなかなかないので、今日はあらかじめ質問をいただいています。真剣に答えてくださいね。
まず、「高校時代に何か部活はしていましたか。何に熱中していましたか?」という質問です。城南高校の佐竹さん。

石黒:
高校のときは、絵を描いていました。
中学校の時は、スポーツをしてたんです。バレーをやっていたんだけど、身勝手なスポーツで、いかに自分が満足ができるスパイクを打つかとか、人のことを考えない、自分はこうやったらかっこいいだろうなとか、クイックを早く打ったらかっこいいだろうなとか、自分しか見てないスポーツなので、点数はどうでもよかった。

猪子:
絶対的な味方と敵ということではなくて、全員は自分のための、レシーバーであるという関係ですね。

石黒:
土俵みたいのがあって、そこで、演技をしている。

猪子:
こっちのコートにいる人たちも、むこうのコートにいる人たちも自分のスター性をだすためのある種の演者さんみたいな感じですね。

石黒:
みんなそう思っていると思っていた。

猪子:
そんなスポーツの認識初めて聞きました。

内田:
しかもチームスポーツですか?

石黒:
みんなそうだと思った。いかに、自分がかっこよく満足するかっていうことだと思っていたのに怒られるんだよね。レシーブが嫌いで、地味なのが嫌いなので、アタックしかしたくないので、ダブルツーセッターで、レシーブする後衛に回るときはセッターやって、セッターもスパイクできたりするのよね。前衛の時はスパイクするっていう、そういうポジションしかやらなかった。

内田:
かなり我が道を行っていたって言う回答でした。
では、次に、徳島科学技術高校の谷さん、西山さんから。
「これからのロボットは、社会の中でどのように発展していくのでしょうか。人工知能はどう進化すると思いますか」

石黒:
ロボットは増えるでしょうね。でも人工知能は思っているほど賢くならないですよ、そんなに簡単には。ぼくらが20年前にやっていたニューラルネットワークと一緒なので、ただ、コンピュータがでかくなったので、大きな計算ができるようになっただけで、ただ複雑な計算にはなっていない。例がいいかどうかわからないけど、強化学習というアルゴリズムで、囲碁のチャンピョンにコンピュータは勝ったんだけど、強化学習って言うのは、ネズミがえさの場所を覚えるというような学習なんですよね。ネズミの脳なんですよね。人間の複雑な脳になったわけじゃなくて、だからネズミをでかくした感じ。非常に単純なアルゴリズムで高速の計算をしているのが今の現状。だから人工知能って言うんだけど、そんなに知的じゃないですよね、まだね。世の中は合い言葉がほしいんですよ。だから今何にもないっていうと、どこに投資していいかわからないし、何に頑張らないといいかわからないので、とりあえず今人工知能を合い言葉にしようといわれているのかなという気がします。着実な部分しか進んでいかないので。

内田:
でもそういう意味じゃロボットは合い言葉ではないのですか?

石黒:
ロボットは、人類始まってからずっと合い言葉なんで。ロボットは10年毎に必ずでてくる。ロボット作ろうというのは、技術作ろうというのと一緒だから、必ず10年後にブームは来る。今なくなっても必ずブームがくるので心配ない。

内田:
では、もう一つ、同じく徳島科学技術高校の村瀬さんから。
「いままでの作品作りで大事にしていることを教えてください。」

猪子:
細かくはいっぱいあるんだけど、そう聞かれるとわかんないね。
いわゆるデジタルのスマホとかビデオゲームとかパソコンとかっていうのは、個人の具体的な意思を持って、デジタル領域を操作するみたいな、いわゆる多くのメディアアートもそうだと思うんだけど、自分の意思があって前提として操作するっていうような、そういうものが中心だと、メディアアートもスマートフォンもゲームも、Googleも自分が何かを検索すると決めて何か検索するし、何かスマートフォンも押すわけだよね。メディアアートもメディアアートのように対峙するわけだよね。そうではなくて、何かデジタル領域に対する意思とか、具体的な操作がなくてもいいなと思っていて。ある人がコンビニに行きたくて歩いてるっていう振る舞いに対して変化するっていう、マニアックな話なんですよ。

内田:
こうやってすぐに答えられないってところが、本質ではないかと思います。
このお二人はテクノロジーを駆使しつつ、愛があります。そういう二人が徳島にも力を注ぎながら街を変えていくのに少しでも力になってくれるんじゃないかなと思いますし、長いおつきあいで街も盛り上がっていけば、愛のあるアートの未来が築けるんじゃないかなと思っています。最後に一言ずついかがでしょうか。

石黒:
さっきのやつを見せてもらって、いろいろ考えさせられたんで。やっぱり大きなアートの世界っていいなというのと、アートの世界って周りにコンテキストとかストーリーが埋め込まれていて、なんか、動いたり、花が咲いたりして、それが中に入ってしまう人に、自然に流れ込んできて、ぼくらは単純なほんのちょっとの選択行為でそれを全部取り込んで自己を再構成しているような、再構成できるようなそういう世界になっている気がします。だから二人いれば、二人の間で新しい人間関係ができるし、たぶんそれがなんか愛の原理みたいなものになっているのかなと。だから、物理世界でするとそういうことやろうとすると、言葉を山盛り交わしたり、いろんな努力をしないといけないんだけど、あのアートの世界って、そういうことしなくたって、周りからコンテキストが二人に共通にどんどん流れ込んできて一気に世界観をシェアできちゃう。アートの本当の意味って、自己の再構成にあるような気が、瞬間的か、パーマネントかわからないけど、たぶん瞬間的なんだけど。そもそも人間って自分でストーリー持っていないし、自己なんていうのは本当はものすごくグラジュアルなものなので、そういう世界の中に入ると自己が再構成できて、知らない自分にもなれるし、人との関係も物理世界とは違う関係が
見つけられるような気がする。というのがさっきから考えていたこと。

猪子:
明瞭な言葉にはもちろん僕はできなかったんですけど、そういうことがしたかったんです。

石黒:
僕らも少し似たようなことをやっていて、ロボットも何にも使わない、タッチパネル対話で言葉だけをやりとりしてそれを勝手に相手に取り込ませるような仕組みを作ったりしているので、規模はめちゃくちゃ小さいんだけど似てるなと思って。今度、是非、見に行きます。

内田:
今、二人で完結してしまいましたので、最後に会場の皆さんへ一言ずつお願いします。

石黒:
みんなで見に行きましょう。みんなで愛を確かめに行きましょうね。

猪子:
すぐ来てもらおう。

内田:
どうも、ありがとうございました。それでは、このトークイベントを終了させていただきます。

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